愛しいから、傷つけたい。
愛しいから、この手に包みたい。
相反する感情。


目の前の男も、そんなものを、抱えているのだろうか。


嗚呼、そんな問、お得意の「くだらない」で片付けられるか。











(互いに正の感情がなく、意味のない行為を続けている。それでもやめないのは、きっと欠陥品だから。)










「なぁ旦那ー」
「なんだ。」
「あんた、なんでオイラを殴るんだい?」


ぼんやりと、自分の爪をカリカリと弄りながらそう言った。
うつ伏せで寝転がり、足をバタバタとさせながら。
すると、旦那は「暴れるな」と一言言って、ベッドに座った。
顔をそちらに捻って、その赤い髪を見ると、髪に手を伸ばされ、長い前髪を避けられた。
たぶん、露になった頬は赤く腫れている。


「旦那?」


呼ぶと、旦那は身をかがめて、赤く腫れているであろう頬に口付けた。
触れられて、ピリッと痛みが走るが、それに顔を歪めるほど痛みに敏感にはできていな い。
ぼんやりと離れていく人形の顔を見ていると、今度は頬を撫でられた。


「何故お前を殴るか、だと?」
「ん、ああ…別に気まぐれで聞いただけだけどな。」
「教えてやろうか。」
「んじゃ、是非。」


口元に笑みを浮かべ、頬を撫でる手に自分のを重ねた。
すると、また撫でられる。


その手つきは、ありえないほど「優しい」ものだった。
そうありえないのだ。
すべては、偽物の、作られた手つき。
そもそも、撫でている手さえ作り物なのだから、それも当然なのかもしれない。
しかし、その手はオイラを「優しく」撫でる。


そして、


「お前が、憎いからだ。」


手つきとはまったく逆の言葉を、その口は吐き出した。


ふうんと呟いて、旦那の手から自分のをどける。
そして捻っていた首を戻し、また自分の黒い爪を弄りだす。
あ、はがれた。後で塗り直さねぇとな。
そんなことを思って、ぼんやりとそれを見る。
そういや、何だかんだいって旦那に爪は剥がれたことねぇな。
いや、顔を殴られ、腕を切られ、首を絞められているのは、それ以上のことなのだろうか。
答えを出す気のない問を頭の中に思い浮かべ、爪を弄る。


「デイダラ、」


ああ、そんなことをしていたら、旦那様がお呼びだ。
うん?と答え、また首を捻る。
すると、肩を掴まれ体を反転させられた。


「旦那、いてぇよ。」


あっと言う暇もなく、クナイで頬を切られた。
赤い線が、一本入っていることだろう。
旦那はいつも通りオイラの言葉を無視して、その傷口をねっとりと舐めた。
この男といると、痛みが常にありすぎて、異常なことかどうかも分からなくなる。
そんなことを思って、内心溜息を吐いた。




最初に、こうした暴力を受けたのはいつだっただろうか。
覚えていない。
もうずっとこの関係が続いている気がしなくもない。

ただ何かのスイッチが入ると、暴力が始まる。
その次に首を絞められる。
そして最後はセックスを強要される。
それで終わり。
あとはオイラと旦那の気分次第で、擬似恋愛ごっこをしたり、そのまま任務に出たり。


今までオイラがそんな中殺されなかったのは、たぶん泣き叫んだりしていないから。
忍として、そんなみっともないことはしなかった。


何より、オイラには痛みに対する感情がなかった。


痛みを感じないわけではなかったが、
あ、痛え。でも、だから?死ぬわけじゃねぇし、どうでもいい。
程度にしか思わない。
セックスにしてもそうだ。
特殊な育ちのせいで、それに対してもなんとも思わない。


それが旦那は気に入ったのか、または気に入らないのか、この関係は続いている。
それ自体どうでもいいから、オイラも文句を言わない。





「あんた、矛盾だらけだよな、うん…」


中の異物感と圧迫感に、大きく息を吐いて呟いた。
その言葉を無視して足を持ち上げられ、動かれる。
水音が生々しい。
今日は、殴らねぇんだ、珍しい。
そう思い、顔を背けて目を閉じた。


適当に声を上げて、適当に感じて、適当にイって、適当に終わる。
ただの、意味を持たない性行為。
自分にとっても、相手にとっても。


それでも、


「っ…はぁ…だんな…」


何故か、赤く腫れた頬を撫でる手は、「優しい」。


「矛盾だらけの、旦那…」
「…なんだ、それは…」
「オイラが憎いくせに、セックスする。オイラが嫌がってりゃそれもまた別の意味を持つだろうけど、どう考えても同意の上だしな、うん。それに、」


自分の手を、頬に置いてあるのに重ねた。


「この手が、殴る手と同じとは思えねぇな。」


そう言うと、不機嫌そうに旦那の顔が歪んで、触れられていた頬に痛みが走った。
それは、小さな痛み。パシッと平手打ちされただけだった。







「旦那は、オイラでストレス解消してるけどさー」


シャワーを浴びた後、髪を拭きながら言う。
上半身だけ何も着ていないため、切りつけられた傷が目立つ。
特に脇腹なんて、シャワーのせいで傷が開きやがって、タオルが真っ赤だ。
それでも、それに対する感情は何もなかったけれど。


「オイラ、あんたより先に死ぬよ。」


タオルで傷を押さえながら、旦那の前に座った。


「木っ端微塵になって、お得意の傀儡にもできねぇくらいに、芸術的に。あんたはそれを近くで見てるだろうな。」


オイラが死に行く様を。


そう言って、前にいる旦那の顔を覗き込んだ。
あれ、と思う。
その表情は、いつもの眠そうなそれではなく、オイラを殴ってるときのイっちゃってる顔でもなく。


とても、驚いたような表情をしていた。


「旦那?何驚いてんだよ。当たり前だろ、オイラがあんたより先に死ぬなんて。」


おーい、と言って旦那の前で手をヒラヒラと振る。
すると、一瞬後にはその手を振り落とされ、そして旦那の表情も戻っていた。
なんだったんだと思いつつ、言葉を続ける。



オイラが先に死んだら、あんたのストレス解消道具、次は何になんの?



そう、笑いながら言った。
別に特に意味はなかったが、興味本位だ。

どうせ、また「くだらねぇ」と返ってくると思っていた。
しかし、旦那はオイラの顔を見ると、フッと笑う。


その笑みは、まるで、自嘲。


「お前が死んだら、それももう必要なくなるだろうな。」


カシャンカシャンと音がする。


「なんでだよ。」
「俺のストレスはお前が原因だからだ。憎いお前がいなくなれば、それもなくなるだろ 。」


カシャンと、まるで人形が崩れるような音が。


「俺の瑕瑾を作ったのは、お前だ。」
「…そりゃ光栄なことで。」
「ふざけんな。だからお前が憎いっつってんだ。」


そう、その音は、オイラが、旦那に瑕瑾を作った音。
完璧で優れている人形に、唯一つ、「憎い」という「感情」を作った。
これで旦那も、オイラを物作りとして、少しは認めただろうか。
そんな「くだらない」ことを考えて、口元に笑みを浮かべた。


「そんなに憎いなら、殺せばいいのに。」
「お前と戦闘になると面倒臭えから嫌だ。」
「旦那にならおとなしく殺されてやってもいいぜ?特別、オイラの自爆つき。」
「勝手に死んでろ。」
「冷てぇなー旦那。つか、あんたマジでなんでオイラとセックスするわけ。」
「…さあな。」


それもまた、感情だろうか。


「もしかして、オイラに惚れちゃった?」
「あんまり馬鹿なこと言ってると、のた打ち回るだけの毒仕込むぜ?」
「それ勘弁。」


くっと喉の奥で笑って、旦那の前からどこうとする。
しかし、そのときに旦那がオイラを手招きする。
なんだ?と思いまた腰を落ち着かせると、手を引かれ、唇が重ねられた。


嗚呼、旦那、また矛盾してる。
あれ、そういえば、オイラと旦那がキスすんの、初めてじゃねぇ?


そんなことを思って、作り物の整いすぎた顔を見た。






カシャンと、音がする。
致命的な、瑕瑾ができる音。


憎い、憎い、憎い
愛しい


そんな「感情」は、一体誰のものだろうか。


(ああ、どうでもいいし、『くだらねぇ』。)


脇腹から未だに流れる血を指にすくい、その白い頬に線を引いた。
先ほど自分が切られた箇所と同じ部分。
そして再び唇を重ね、赤く染まったタオルを、床に放り出した。










愛憎瑕瑾
(愛しくて、憎くて、そんな感情という傷を作ったのは、紛れもないお前だ)