首輪か腕輪か指輪かそんなもの。
とにかく自分を拘束するものが、この体にまとわりつく。
決して目には見えないが、確かにあるのだ。


そう、それは、愛などというものよりも、確実に自分を繋ぎとめている。











(何故、などという質問は無意味)










「っ…」


突然信じられないほどの苦しさが襲ってきて、落としていた意識を浮上させた。
目を開けると、闇の中でも分かる、人形の目が、見えた。
それは感情をともさず、自分をただ見ている。


そして、その人形の手は、オイラの首を、絞めている。


「起きたか?」
「は、なせ…」
「嫌だと言ったら?」


ふざけんな、このDV野郎。


そう罵ろうとするが、うまく酸素が入ってこず、言葉にならない。
口の端から、だらしなく伝う唾液に、内心舌打ちをする。
震える手で首に添えられた旦那の手に触れる。
驚くほど冷たいそれを掴み、放させようとする。
しかし、当然力が入らず、苦しさは消えない。


「デイダラ、」


目の前の人形は、そう言ってオイラを見た。


「何故俺がこんなことをするか分かるか?」


ああ、分かってる。
死ぬほど聞いた。


暗闇の中でも見える、人形の表情。
それは、恍惚の色を宿していた。


嗚呼、知ってるよ。
あんたが考えてること。
なんでオイラにこんなことするか。













「旦那のこと好きだ、うん。」


そう初めて言ったのは、もう何年も前のことだ。
すでに抜け忍になり一人で生きていけるはいえ、まだ子供だったとき。
否、今も子供かもしれないが、今考えればそのときは何も分かっていなかったのかもしれない。
ただ、その『気持ち』が自分の中にあったのは、確か。


すきすきすき、だいすき


そんな、愚かな、人間らしい、子供の、感情。


「デイダラ、」


旦那はそう言って、オイラを引き寄せて強く抱きこんだ。
そして唇を塞いで、髪を撫でた。
それからその細い指は肌を伝い、オイラの体を開いた。




『すき』


暫くして、旦那もオイラをそう思ってるんだと、知らされた。
人形が優しく笑って、優しく髪を撫で、そう言ったのだ。
ただ嬉しくなり、子が親を慕うように、愛情を抱いた。





『すき、すきすき』


いつからか、首を絞められるようになった。
強く、息ができないくらい。
殺されるとは思わなかった。
何故なら、殺気を微塵も感じなかったからだ。
忍者として、深く寝ているときでも殺気を少しでも感じれば飛び起きるようにオイラはできている。
それがまったく感じられず、いつも無防備な姿で、旦那に首を捧げているのだ。
そして旦那はその通り、絶対にオイラを殺さなかった。
ただ恍惚の瞳でオイラが苦しがっているのを見て、そして暫くするとやめる。
そのあとはとても優しいせっくすぷれい。


痛かったか?かわいそうに。
でいだら
何故俺がこんなことをするか分かるか?


そう言いながら、首を絞めて、オイラの体を開く旦那は、まるで人形らしくない顔をしている。





『だんな、すきだよ。すき、すきすき、だいすき』


いつしか、そう言っているのは自分だけになった。
旦那はそれを聞くと、無表情になり、オイラの首を絞める。
そして、オイラが苦しそうに旦那を睨むと恍惚としてそれを見る。


なんでそんなことするの


そんな質問は、愚問。
答えなど決まっている。
知ってる。
旦那。













「はっ…」
「デイダラ、」
「っ…」


がりっと旦那の作り物の手に爪を立てる。
生理的に零れる涙で視界が滲むが、精一杯旦那を睨みつけた。
すると、旦那は満足そうに口元をあげ、徐に首から手を放す。
ひゅっと酸素が肺に入り、思わず咳き込む。
苦しい、苦しい、苦しい
そう思い、零れる涙も拭わぬまま、旦那を睨んだ。


「デイダラ、苦しかったか?」


かわいそうに


顎を掴まれて、唇を塞がれた。
まだまだ空気を求める口は、放せと反応するけれど、旦那は放さない。
苦しい。
またそう思い、旦那の体を押すが放れない。
やっと唇が放れたと思えば、それはセックス開始の合図。
いつもの、優しいそれ。


「だんな…っ…」
「デイダラ、」





『すき、すきすきだいすき、すき』


いつしか、その言葉は口から出なくなっていた。










何故、お前にこんなことをするか、分かるか?












嗚呼、我が子よ、お前を愛しているからだよ
















「その首の跡、消えますかね。」


金の髪が風にゆれ、その行方を追う。
それは当然の如く自分の頭に引っ付いたまま、遠くへは行かない。
離れは、しない。


「…消えるんじゃねぇの?」
「結構強く絞められたりしました?」
「死ぬほどじゃねぇよ。」


答えて振り返ると、橙の趣味の悪い仮面が見えた。
表情がまるで見えないその男は、こちらを見てただ立っていた。
暫くの沈黙の後、橙の仮面の男の溜息が聞こえた。
その溜息の真意は何だったのだろう。
呆れ、諦め、嘆き、同情?
ああ、どうでもいいか。
『くだらねぇ』。


「デイダラさん、」


黒い手袋をした手が、首に伸びてくる。
それはついている跡をなぞり、そして離れた。


「サソリさんは、何をしたかったんでしょう。」
「なんでお前にんなこと教えてやらねぇといけねぇんだよ。」
「興味本位、ですね。」
「どうでもいいだろ。」
「興味ありますよ。」


髪が風に攫われる。
それを繋がったばかりの手で押さえ、空を仰いだ。
それは灰色の雲に覆われていて、すっきりとはしない。
まるで今の自分の心情を表しているようで、苛立つ。
無表情にそれを見て、口を開いた。
特に意味はない。ただの気まぐれだ。


「人間の心に残るのは、憎しみのほうが根強いんだよ。」


無表情で、首を絞める赤い髪の人形。


「勝手な奴だよな、うん。自分の愛情だけ押し付けて、俺には自分を憎めだとさ。」


それが、脳裏を掠めて仕方ない。




あの男は、オイラの心の中から自分が消えるのを厭った。
そして思い至ったのだ。
『好意』などより、『憎悪』のほうが、この心に残るのではないかと。
だから、この首を絞め、そしてオイラが睨むと恍惚の表情を浮かべた。


もしかしたら、あの男は、自分がいなくなるのを知っていたのはないか。


そう、思った。





「馬鹿旦那…」


でも、オイラはあんたの思い通りにはならねぇよ、うん。
そう言って、灰色の空から目を逸らした。
風が吹き、髪を攫う。




すきすき、すき、だいすき



最後まで、そう思ってやる。
憎しみなどなくても、この心はあんたに繋がれてるんだって、言ってやる。



だって、オイラはあんたに首を絞められることで憎んだことなんて、一度もなかったんだ。









劣等ヒューマニズム
(寧ろそうだったのは、おいらだったのかもしれない。憎んで当然だったはずなのに、できなかった。人間として、正常な感情が働かないんだ。)